地獄の扉、バリアフリー化で天国から苦情

ユニバーサルデザイン推進の一環として地獄の扉にスロープが設置された。車イス利用者にも等しく炎を浴びせる姿勢を評価する声がある一方、天国側は「差別化戦略が崩れる」と猛抗議。

2025-06-30

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魔界公共事業庁（HPA＝Hell Public Authority）は九日未明、千年ぶりに「地獄門段差解消工事竣工式」を挙行した。長さ66.6メートル、勾配6.6％のスロープは滑らかな黒曜石製で、利用者が滑り落ちても“着地は炎”という二重安全設計。「ハードは優しく、ソフトは熱く」を掲げる同庁は、式典で車イスの亡者三体を先行入場させ、炎による平等な歓迎を実演した。

導入のきっかけは昨年、人権派弁護士として名高いベアトリーチェ氏が地獄側を提訴し、「罪状は平等でも入口は不平等」と指摘したことに始まる。敗訴を覚悟した悪魔評議会は「負けるくらいなら燃やしながら迎え入れよう」と方針転換。結果、世界初の“インクルーシブ・トーチ・システム（ITS）”が誕生し、滑り台状の炎が利用者を包みながら最下層まで案内する画期的輸送手段が完成した。

すると南雲雲上広報局（Heavenly Marketing Bureau）は即日声明を発表。「当方ハープ音と綿雲で高付加価値を訴求してきたが、相手がバリアフリーを武器にしたら価格競争に陥る」と懸念を表明。特に「罪人が最後に天国を諦める“段差プレミアム”」がゼロになることで、来期の魂流入数が1.3％減少するとの試算を添え、雲の上も火の車であることをにおわせた。

炎上商法ならぬ“燃焼商法”に浮かれる地獄では、早くも関連ビジネスが勃興。悪魔系スタートアップ「Inferno Mobility」はスロープ脇に“堕天ブース”を設置し、「自己責任で飛び込めば待ち時間ゼロ」と売り込む。入口付近には天国帰りのインフルエンサーが取材に訪れ、「映えは天国、バズりは地獄」と冷や汗混じりにレポート。SNS上では #地獄スロ活が瞬く間にトレンド席を獲得した。

一方、公共政策の観点からは賛否が錯綜する。死後交通学を専門とする冥府大学のトガシ教授は「バリアフリー化で“罪の罰”的ストレスが減り、長期滞在者の再犯率が下がる」と肯定。一方で天界ナッジ研究所のミカエル上席研究員は「入口が優しくなるほど“マイルド地獄志向”が高まり、生前の行動抑制が働かなくなる」と警鐘を鳴らす。折しも生者界では政策用語「地獄のエコノミー」が金融誌に踊り、株式市場は希望と悲鳴を同時に発した。

歴史を振り返れば、ダンテは『神曲』で「全ての希望を捨てよ」と書いたが、今回追加された点字ブロックには「火傷に注意しつつ希望も適宜捨てよ」と注釈が入った。さらに音声ガイドは七つの大罪を八ビートで読み上げ、“Spotify of Sin”と揶揄されている。伝統とテクノロジーのマリアージュに、古参の亡霊は「昔は釜茹でだけで十分だった」と嘆息し、若年層の迷える魂は「カスタマーエクスペリエンスが向上した」と星五つを付けた。

政策立案に関与した悪魔議会の内部資料によれば、将来的には「炎温度の個別最適化」「閻魔AIによる行列予測」「天国との相互乗り入れ」なども検討中。しかしフロア間の温度差是正を巡り、労働組合“Hell & Safety”がストを示唆しており、炎温上げ渋り問題は解決の兆しが見えない。地獄の炎は平等であっても、予算配分の炎はくすぶり続けるようだ。

結局のところ、入口の段差は解消されたが、天国と地獄を隔てる“心のバリア”はより高くそびえ立ったまま。魂の顧客たちはどちらの門前で並ぶべきか、人生ならぬ“死生”設計を迫られている。もっとも、地獄側関係者は涼しい顔でこう言う。「うちは炎も段差も平等。クレーム対応は永遠に続くが、終業ベルは存在しない」と。