舞台『宇宙船茶碗蒸し』、役者自らが具材となり無重力で沈む演技に観客総立ち

演劇界に革命。新作舞台は宇宙船内での茶碗蒸し作りを描くが、クライマックスは役者全員がエビや銀杏に扮し、巨大な器の中でゆっくりと沈んでいくシーン。その究極のリアリズムに、観客はもはや拍手か爆笑か判断不能。

2025-08-10

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演劇界に革命の狼煙が上がった。先鋭的作風で知られる劇団「虚構フロンティア」が発表した新作舞台『宇宙船茶碗蒸し』が、観客の度肝を抜いている。物語は国際宇宙ステーションでの茶碗蒸し作りを描くというものだが、圧巻はクライマックス。役者全員がエビや銀杏、椎茸といった具材そのものと化し、巨大な器の中でゆっくりと沈んでいくのだ。この「形而上学的リアリズム」の前に、観客は感動の拍手とこらえきれない爆笑の狭間で立ち尽くしている。

下北沢アストロホールで初日の幕を開けた本作は、タイ出身で現代演劇の鬼才と称される演出家、天王寺แกง（てんのうじ・げーん）氏の最新作。物語の骨子は「閉鎖された宇宙空間で、故郷の味『茶碗蒸し』を再現しようと奮闘する宇宙飛行士たちの葛藤」という、一見するとヒューマンドラマだ。しかし、天王寺氏の演出は我々の想像の斜め上空、遥か成層圏を突き抜けていく。

問題のシーンは終盤に訪れる。舞台中央に鎮座する直径５メートルの巨大な茶碗蒸しの器。その上空から、NASAが技術協力したという触れ込みの「擬似低重力ワイヤーシステム」によって吊るされた役者たちが、静かに、そして厳かに降下してくる。彼らはもはや人間ではない。プリプリとした質感まで再現されたエビ、ほろ苦い存在感を放つ銀杏、滋味深い出汁を吸ったであろう椎茸。彼らはセリフを発さず、ただひたすらに、熱せられた卵液の海へとその身を沈めていくのだ。

「茶碗蒸しは小宇宙。卵液という混沌から、個々の具材が熱エネルギーによってアイデンティティを確立し、やがて静かに沈みゆく様は、まさに我々の生と死のメタファーだ」と、天王寺氏は公演パンフレットで熱弁をふるう。その深遠な（？）テーマを体現すべく、役者たちの役作りも常軌を逸している。主演のエビ役・海老沢譲二氏（45）は、役作りのために一ヶ月間、水族館の伊勢海老の水槽の前から微動だにしなかったという。銀杏役の新人女優・白石杏奈さん（22）は「銀杏の持つ、あの独特のほろ苦さと中毒性を表現するため、カミュの『異邦人』を100回読みました」と初日後の会見で涙ながらに語った。

この前衛的すぎる試みに、専門家の意見は割れている。演劇評論家の蓮實重々彦氏は「これは演劇ではない、現象だ。役者が“モノ”になることで主体性を放棄し、観客に解釈の全てを委ねるポスト・イマーシブの金字塔」と手放しで絶賛。一方、JAXA（宇宙航空研究開発機構）の広報担当者は本紙の取材に対し「大変興味深い試みですが、科学的には無重力下では対流が起きにくいため具材は均一に混ざるか浮遊したままとなり、基本的に沈みません」と極めて冷静に回答した。

しかし、この科学的矛盾も熱狂の前では些事のようだ。SNSでは「#宇宙茶碗蒸し」がトレンド入りし、「意味は分からないが魂が揺さぶられた」「シュールすぎて一周回って芸術の域」といった賛辞（か、どうかは不明）が飛び交う。劇場ロビーで販売された「キャストのサイン入りかまぼこ」（限定品）は、公演初日にして即日完売したという。

熱狂は冷めやらず、劇団は早くも次回作『軌道上の味噌汁～豆腐とワカメのランデヴー～』の構想を発表。演劇界のフロンティアは、我々の食卓の遥か上空にまでその版図を広げようとしている。果たして、この壮大な試みが人類に新たな芸術的栄養をもたらすのか、それともただの壮大な消化不良に終わるのか。満席の客席から送られる拍手と失笑の渦の中で、その答えはまだ、黄金色のだしの海に溶けたままである。