国立博物館、テニスで屏風修復に挑戦　金箔ボレーは芸術かエラーか

老朽化した屏風の修復に、国立博物館が前代未聞の『テニスラリー方式』を採用。修復師二人が金箔をラケットで打ち合う光景に、文化財とスポーツの両方がダブルフォルト寸前だと専門家が警告する。

2025-06-30

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一見すると、静謐な展示室はウィンブルドンのセンターコートに早変わりしたかのように見える。全身白衣の修復師がサービスラインに立ち、直径2センチの金箔片を「ボール」と呼ばれる前にサーブ。フロアには「静粛に」の札ではなく「静寂ラリー中　フォルト厳禁」のプレートが輝き、観覧者は息をのむより先にチャンピオンシードのラブゲームを期待して拍手を控えた。

方式はこうだ。金箔を軽く湿らせ、ナノ単位でザラつきを残した特製ラケットに乗せ、屏風表面へドロップショット。粘着層に吸着したら即座にパートナーが逆面へロブで送り返し、埃を叩きながら全面に均す――という筋書きだが、平均ラリー回数は三十数往復。学術的には「複合振動式衝突圧着法」と命名され、現場は貼りつくまで帰れないと困惑気味だ。

芸術界とスポーツ界の温度差は熔点並みに高い。元ワールドテニス選手の解説者は「バックハンドの面が甘い」と指摘し、文化財学会は「そもそも打つな」と返球。国際テニス連盟は「審判台の設置とチャレンジシステム導入」を提案し、ユネスコは黙ってレッドカードを用意した。ラケットメーカーは早々にスポンサー契約を結び、「世界初・銀イオン配合の修復ガット」を発表。

技術面の課題も山積みだ。高速度カメラで測るとラケット面の振動加速度は金箔疲労限界の7.4倍。周波数解析に強い研究助手は「インパクト時のピークQ値が雅楽の篳篥より低いからセーフ」と胸を張るが、化学部門は「漆層にマイクロクラックが入れば無効試合」と冷静だ。さらに体育会系の呼吸で吐かれる二酸化炭素が、屏風裏の微生物活動を活性化させる恐れが発覚。博物館の空調は急遽“スタジアムモード”に切り替えられ、湿度管理が厳格化された。

それでも導入を推したのは「来館者参加型」による収益誘導だ。観客は観覧料とは別に“特別シートチャージ”を払い、声援の代わりに静かなる振り子型拍手器で応援。ポイントが入ると天井から金箔コンフェッティが舞い、SNSには「#芸術はタイブレーク」「#ラケットで日本美術」などのタグが噴出。館内売店ではガット片入りの御守りが連日完売し、学芸員は文化財保存費が“ラリー課金”で賄える歓喜を隠さない。

ただし最終スコアはまだブランクだ。試験運用三日目、サービスエースが屏風枠を直撃し、応力集中で角がわずかに割れた。これを機に「天井サーブ禁止」と改訂された安全指針は五版目。修復師らは「芸術の危機はマッチポイントこそ美しい」と哲学的だが、国民の税金は延長線を望んでいない。来週からは“シングルス”に縮小し、金箔を手渡しで交換するルールに緩和される見通しだ。

当初の目標は「訪日客に文化財のライブ感を伝える」ことだった。しかし結果的に伝わったのは、日本美術が想定外のトップスピンにも耐えるか否かという耐久試験の実況中継である。シーズン終了後、屏風が輝きを増すのか、スコアボードに「棄権」と記されるのか――。芸術とスポーツのクロスオーバーは、もうしばらくセンターコートの照明を浴び続ける。