新作ミュージカル『溺れる音符』――観客全員が潜水員となる夜

観客も全員ウエットスーツ着用を義務づける前代未聞の水中ミュージカルが公開。指揮者はシュノーケル、バレエダンサーはフィン付きで舞台を泳ぎ回り、パンフレットはもちろん防水仕様だ。

2025-07-14

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市内の旧オリンピックダイビングプールを改装した「アクア・ザ・シアター」で8日夜、世界初を自称する水没型ミュージカル『溺れる音符』が初演された。開演ベル代わりに鳴ったのは救助笛。客席は水深1.5メートルで、立見ならぬ「立泳ぎ席」は完売。制作会社は「観客数より浮力が大事」と胸を張るが、浮き輪に乗った批評家は「作品より自分の息継ぎの方がドラマチック」と早くも酸欠気味の賛辞を送った。

物語は、交響楽団が豪雨で水没しながらも演奏を続けるという“究極の働き方改革”がテーマ。指揮者はバトン代わりに防水ライトセーバー、バレエ団はチュチュの上から救命胴衣をまとう。クラリネット奏者の泡が曲のクライマックスで不協和音を生む仕掛けは、「これぞリアルなブレスコントロール」と演奏家組合が複雑な笑顔を浮かべた。

技術面も深刻にユーモラスだ。舞台照明は水質基準を満たすLED、防水マイクは取り違えると鮫避け超音波になる設計。電気工事士は「水と感電のスリルが作品の一部」と説明したが、保険会社は黙ったまま深海より低いテンションで首を振った。なお、上演中に流れた“臨時休憩”はトイレではなく減圧タイムであり、ロビーのドライゾーンは一瞬でサウナ並みの混雑を記録した。

観客の反応は二極化。新感覚を求める若年層は「終演後に風呂不要でエコ」と高評価。一方、年配客は「歌詞より補聴器が先に溺れた」と嘆き、水深調整システムに対し返金を要求する姿も見られた。チケット価格は通常のミュージカルの1.5倍だが、「水道代と洗濯代込みと思えば安い」（主催側）との理論は、未だ観客の肺に浸透していない。

文化的意義について文化庁は「演劇は常に境界を越える。今回は物理的に越えた」と苦笑混じりにコメント。ただし消防法の“屋内プールで歌う際の消火要件”という前例なき課題が浮上し、省内では“歌い手の汗も消火水とみなす”か否かで激論が続く。専門家は「ここまで来たら次は真空ミュージカルで呼吸税を導入」と早くも宇宙ステージに視線を向けた。

経済効果は意外に深い。近隣ダイビングショップはレンタル需要で売上5倍。公演期間中のプール用ドライヤーは完売し、地元商店街は「乾物屋が濡れ手で粟」と景気づけの川柳を掲げた。だが、終演後に一斉に排水された客の髪の毛が下水道で詰まってしまい、市は緊急で下水道清掃を実施。市民からは「音符が溺れたのはいいが、髪の毛まで溺れさせるとは」と苦情が殺到した。

総じて『溺れる音符』は、舞台芸術が「息の根を止めない」限りどこまでも沈み込めることを証明した。次回作は氷上より下、火山口より上との噂。観客の肝臓が先に浮かぶか、劇場の株価が沈むか、いずれにせよ呼吸はお忘れなく。